ADHDは優しい人が多いって本当?その3つの理由とは

大人のADHDに優しい人が多い理由とは?

よくADHDは“思いやりがない”だとか“自己中でわがままだ”と言われてしまうこともあり、“優しい”といったイメージは中々出て来ないように見えますが、果たして本当にそうなのでしょうか?

私は今までADHD交流会に何度か参加し、ADHD当事者の人と関わる機会もたくさんあったのですが、話して見て思うのは基本的にみんな“優しい”人ばかりです。

が、その中でも特に仕事で成功している人や、素敵なパートナーと結婚し幸せに暮らしている人は眩しいほど、キラキラと輝く優しさを持っていました。

なんというか、世間一般で言われているような“空気を読む”だとか“気配りができる”といったことは上手くできなくても

心の奥底にあるものが“人や、自分を喜ばせること”に向けられたエネルギーでできていて。もうそれだけで全てをカバーしてくれているのです。

  • ただただ、目の前の人を喜ばそう!だとか
  • この人を、あっと驚かせて感動させてやろう!だとか
  • これで自分は絶対に成功してやるんだ!とか

とにかくポジティブなことにエネルギーを注いでいるんですね。

そうゆう人は見ていてとても気持ちがいいし、何より帰った後、ふと思い出して「あ、あの人ともう一度会って、話して見たいなぁ」と自然と思ってしまうくらいです。

これがADHD特有のものなのかどうかは、わかりません。

でも、少なくともADHDを持っていてもこうやってキラキラと輝いて生きている人はいるよ。っていう事実はあります。

ということで今回は実際に私が会って見て思ったADHDで幸せそうに生きている人の持っている優しさについて、3つにまとめて見ました。

きっとこれを読み終わる頃には、ポっと心が温まって、人に優しくしたくなっていると思います。人に優しくできる人”は間違いなく人から愛される人”になります。

そうなれば人生の軌道もグッと良い方向にむくので、是非ともこれをきに“優しさ”についてもう一度考えていただけたらと思います。

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ADHDが優しい理由1:できない人の気持ちがわかるから

ADHDの人は自分が、人より社会に馴染めないで来たぶん、同じように“社会で上手くやっていけない人”の気持ちが痛いほどわかります。

この“人の痛みがわかる”っていうのはものすごく大切なことで、その人自身のリアルな経験からしか得られない感覚です。

そしてそれは自分と同じような痛みを負った人と出会った時に初めて、理屈では言い表せないほど、心の奥底で繋がることができます。

  • 気をつけていてもなんども同じミスを繰り返してしまう辛さ
  • 全体の指示が自分だけ理解できなかった時の怖さ
  • 忘れ物・なくし物の多さにものすごく落ち込んでしまう経験

 

こうゆうのって…ADHDだからこそわかる痛みです。

…そう。こうゆうちょっとしたADHDだからこそわかる“人の痛み”…こうゆうものが人を惹きつけるきっかけになるのです。

そして、これだけは学校や社会で教えてくれません。自分で経験し、感じ取って、その先へ繋げていくものなのです。

そう考えると“生きづらさ”って無駄じゃないですよね。今まで経験してきたアレもコレも、必ずいつか誰かのためになります。

ただ、ネガティブな経験をネガティブなまま誰かに吐き出すだけでは、相手を疲れさせてしまうこともあります。

なので、あくまでも自分の痛みや辛さを押し付けて人にわかってもらおうとするのではなく

「こんなことあったけど何とか生きてるよ〜。」くらいスッと弱みを差し出して、この話で少しでも楽になってくれたら嬉しいな〜くらいの感じの方が相手の心を軽くしてくれることもあります。

そしてそうやってできた仲間は、必ず自分を素敵な未来へと繋げてくれます。人は良いものをくれた人には無意識に良いものを与えたいと思うものなのです。

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ADHDが優しい理由2:せめて優しさだけは忘れたくないと思うから

ADHDの人は自分の特性により人を怒らせてしまったり、悲しませてしまったりすることが多い分、心のどこかで常に“優しさだけは忘れないでおこう”と思っていることが多いです。

せめてもの優しさというか、優しさこそ最後に残された“自分にもできること”だったりします。笑(違う人がいたらごめんなさい私自身はそうなので書かせてもらいました。)

でも、これって本当に大事なことで。

どんなことでも結局、最後はここです。

“人と人との繋がり”

そしてこの繋がりを作ってくれるのが“優しさ”なんですよね。

今はネットが普及し、こうやって顔も見たことのない人に、私の想いを読んでもらえることが、とても嬉しいですが、これだって最終的には、私とあなたという人と人との繋がりです。

私は私なりに自分と同じようにADHDで悩んでいる方に向けて

  • こんなこと書いたら喜んでもらえるかなぁ。とか
  • こんな失敗談書いたら楽になってもらえるかなぁ。とか

それなりに、一生懸命考えて書いています。下手くそでも、そうゆう想いがあれば伝わる人には伝わると思っているし

もしも伝わらなかったのなら、それはそれで仕方ないとも思っています。そこに見返りは求めたくないのです。

そう。「こうしてあげたんだから、これと同じだけのものくれるよね…?」みたいな感覚が心のどこかにあると何をするにも、どんどん辛くなって行ってしまいます。

  • こんなに愛してるんだからあなたも同じくらい愛を表現してよ!
  • こんだけ親切にしてあげたんだからお礼くらい当たり前よね?

こんなふうに思っていると、本当の優しさとは言えなくなってきますよね。あくまでも何かを誰かのためにしてあげたいと思ったのなら、ただする。してみる。そして、それを続けていくこと。

ギブアンドテイクならぬギブアンドギブですね。与えて与える。それは別にお金をかけなくてもできることです。今ある自分が与えられるものを精一杯、目の前の人に与えてみる。

そうゆう積み重ねで自分の人生にとって重要な人と巡り会い、そうゆう人が自分に良いものを運んでくれます。いつだって何か良い知らせ”を運んでくれるのはなのです。

そしてその“人との繋がり”は自分で少しずつ作っていけるものです。

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ADHDが優しい理由3:自分の気持ちに素直だから

上にあげた

  1. できない人の気持ちがわかるから
  2. 優しさだけは忘れたくないと思うから

は、人に対しての優しさについてでしたが、最後は自分に対しての優しさです。これ、ADHDの一番の強みかもしれません。

そう。お気づきかもしれませんが、ADHDは自分の気持ちに対してとても素直です。

「どうしても今やりたくないな…」と思ったら、どうしてもできないし。「なんかこれ面白そう!」と思ったら次の瞬間には始めています。笑

このADHDの素直さが世間一般では“わがまま”と言われてしまうこともありますが、本来、人間に生まれたのであれば、これは絶対に大切にしなくちゃいけない感覚です。

なぜならこの感覚こそが、本来その人が本当に生きるべき場所への唯一の手がかりとなるからです。

  • なんかこれずっとやっちゃう。…もうこれ1分たりともやりたくないなぁ。
  • 何これ、ワクワクする。…こうゆう単調な作業苦手だなぁ。

こうゆうちょっとした好き嫌い。こうゆうものに気づかないふりをして我慢し続けると、ある日、積み重なってきた違和感がグワッと音を立てて崩れ落ちることがあります。というか、私がそうでした。笑

が、これ。逆に言えば、ADHDの傾向があったおかげで違和感に気づいて崩れてくれたのです。

何が言いたいかというと、普通の人は「これ結構きついぞ…」と思っても、「いやいや何甘ったれたこと言ってんだ、ここで踏ん張れないと情けないぞ俺。」

みたいな感じで、明らかに違和感を感じていても気づいてないふりをしたまま、案外過ごせちゃったりするのですが

ADHDを持ってると「無理なものは無理!」とものすごくはっきりと自分の気持ちに気づくことができるんですよね。

これは、武器です。最後には自分の違和感に嘘をつけないという、生きて行くためにとっても大切な武器です。

だからこそ、これからもこの感覚を大切にして。最後の最後には、いつでも自分の味方でいてあげられるようにしてみてください。

誰がなんと言おうと、最後は自分です。自分に優しくできる人は人にも優しくできます。

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ADHDは優しいって本当?まとめ

ということで今回はADHDは優しいと思う理由について3つにまとめてみました。

  1. できない人の気持ちがわかるから
  2. せめて優しさだけは忘れたくないと思うから
  3. 自分の気持ちに素直だから

優しいは人によって捉え方が全然違います。柔らかい雰囲気でなんでもウンウン相談を聞いてくれる人が優しいって思う人もいれば

たとえ相手が傷ついたとしても、相手のことを思って大事なことを指摘できる人こそが優しいという人もいます。

そこには、どっちが正しくてどっちが間違っているなんてものは存在しません。ただ一つだけ確実に言えるのは

優しい=全ての人に好かれること

ではありません。

大事なのは、自分が何を優しいと思い、その優しさを人に与えられるか。です。

時には優しくしたつもりなのに裏目に出てしまったり、後になってから「あ…あれはただの自分の傲慢だったかもなぁ。」と気づかされたり、いろんなことがありますが

その時、本気で目の前の人に優しくしたい!自分に優しくしたい!と思って行動したのなら、それが全てです。

やっちゃった…。と恥かいてから、学んだり。そのうち年とともに“優しさ”の表現の仕方も変わってきたりもします。

でも、いくら歳を取っても「あの時もっと優しくできたらよかったかなぁ…?」と思えるくらいでいたいものですね。

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ABOUTこの記事をかいた人

ADDのシンガーソングライターです。現在は得意なことを伸ばそうと音楽活動をしながら、このサイトの運営をしています。 大人のADHDで悩む全ての方に、私の体験談や・対策・辿ってきた道のりをお伝えし、少しでも前向きに生きて言ってもらえたらと思っています。