ADHD(ADD)で、うつっぽくなった私がクリーニング工場でバイトした話

クリーニング工場でバイトを始めるまで

ADHD(ADD)のうつからくる過眠症で1日20時間ひたすらベットで眠り続ける生活を送っていた私は

Yシャツ専門のクリーニング工場でのアルバイトに応募したのがきっかけで何とか外に出ることができました。

これまでの話は

 

  1. ADHD(ADD)傾向の私が鬱でベットから起き上がれなくなるまで
  2. ADHD(ADD)からくる鬱で、1日20時間睡眠になった話

 

に載っているので、もし良ければ読んでみてください。

顔を隠して出勤

バイト初日はメガネにマスクで出勤しました。

できるだけ人と関わりたくなかったので顔を隠したかったのです。

「おいくつですか?」

「学生さんですか?」

「前は何の仕事されてたんですか?」

こんな質問になんて返せば良いのかわからなかったし、とにかく人と話す元気がなかったので存在を消すように出勤していました。

私の目的はとにかく、お金を稼ぐこと、それだけ。

…と、ひたすら自分に言い聞かせて。

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ゴリッゴリの体力勝負

が、バイトを初めてみると、人と関わるのが辛い…なんて考えは一気に吹っ飛びました。

そんなことを言ってられる暇が、ガチでなかったのです。笑

まず、働いてる9割の人が、フィリピンの方なのですが

日本に来てから10年・20年ずっとその工場で働いているような超プロアルバイターばかりだったのでスピードが尋常じゃないんですよね、マジで。笑

私の仕事は、そんなフィリピンのプロアルバイター達が流して来た大量のワイシャツをひたすら輪ゴムで5個ずつにまとめて

どこの店舗に運ぶものかを紙に記入して貼り付けると言ったすごくシンプルなものだったのですが信じられない量のワイシャツを信じられないスピードで流してくる彼女らの

ドヤ顔に、次第にイラついて来ました。

いやいや、考えろよと。

こっちは一人でやってるんだぞ、と。

あーわかったわかった!こっちもこっちで本気出したるわ!!

そう決意した私は全神経を輪ゴムでYシャツをくくることだけに集中させ150個くらいあるYシャツを人類至上最速のスピードで一気に束ね始めました。

うぉぉおおおおお!

…見てろよ、と。

そして何とか、たった一人で150枚を終え、最後の一束を、まとめ終わった瞬間。。

…見たか!どやぁぁあああ!…と後ろ振り返ると

 

へ?…((((;゚Д゚)))))))

 

300枚くらい新しいワイシャツが後ろに溜まってるではないですか!!

ふと見るとこっちを、鼻で笑うように見つめる彼女ら。

私は静かに、汗でビチョビチョになったマスクをゴミ箱にぶち込みました。

 

思わぬあだ名

マスクを外してからは女としての何か、そして人間としての何かを捨て汗水垂らしながら、舌打ちと独り言のオンパレードで必死に走り回りました。笑

鬱状態の時からずっと溜まっていたエネルギーを全てそこにぶつけたんですね。

すると、フィリピンの方が寄って来てこんなことを私に言いました。

「わお!ビューティ。」

「あなたマスクとったらカワイイね。ビューティ。ビューティ。」

いきなりのことで、私は何て返したら良いかわからず、タジタジしました。

するとたくさんのフィリピンの方が一気に私を囲んで話しかけて来たのです。

「カワイイね」「頑張ってるね」「どこ住んでるの?」

…何だろう。そんなつもり全然なかったのに気づくと私は、笑っていました。

何というか何の壁もなかったのです。

「こう言ったら怒るかな」とか「こうした方が好かれるかな」とかそうゆうものが何もないと言うか…。

日本人の言う「かわいいね」とは違うんですよ。

本当に心から思ってるし、そこに何の意味もないと言うか。

“人からどう思われるか”と言う損得勘定なんて入る隙もなく実にあっさりと人を褒め、人に親しみを持ち、話しかける。

そうゆう彼女達のまっすぐでシンプルな関わり方に気がついたら、心が溶けていたんですね。

多分“ビューティ”なんてあだ名がつくことなんて最初で最後です、あれが。

あの時のことを思い出すと今でも自然と笑ってしまいます。

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10キロ減!

そんな感じでビューティというあだ名で可愛がってもらえるようになった私はそこから半年ほど、ほぼ毎日Yシャツ専門のクリーニング工場で汗水流して働きました。

すると、太ってパンパンだった顔が次第にシュッとして来て、気づいたら元の体重に戻っていたんですね、10キロ減です。

そうすると自然と体も元気になっていってこれからどうしようかな〜なんて、好きなことを始めよう、という意欲もでて来ました。

そして体も心も少しずつ前向きになって来た、ある時。

なんとなく下北沢をプラプラしていたら小劇場の劇団員さんが余った当日チケットをよかったら見ていってくださいと、無料でくれたことがあったんですね。

それがきっかけで演劇を始めることを決めます。

そしてある有名な劇団の養成所オーディションを受けて、なんとか合格。

大学を卒業して、何で今更感は満載でしたが、今この瞬間、自分の心が動くものをやってみようと、そう思いました。

かといって、そこからポーンっと夢のように人生がうまく行くわけではもちろんなく今現在は演劇とは全く関係のない“音楽活動”をしているし

本当に紆余曲折、いろんなことが起きますが、それでも何とか、あの時のように1日20時間も寝たきりになることはなく、日々過ごせています。

 

寝たきりから抜け出して今思うこと

こうやって私の23歳の時の、寝たきり過眠症生活は終わりました。

が、未だにちょっとしたことで落ち込んで2、3日ほぼベットから起き上がれなくなってしまうこともあります。

これがADHD(ADD)あるあるなのか、うつ・あるあるなのかどうかは、わからないけれど、きっと発達障害を持つ人、またはその傾向がある人は

バーっと頑張ってパンクして…またバーっと頑張ってパンクしてを繰り返している人も、沢山いるのではないでしょうか。

でも、パンクしてしまった時はまずはゆっくりと脳を休めて

それから何か一つ、今までと違うものを生活に入れて見ると良いかもしれないです。

それは私みたいに、自分にできそうなバイトに応募して見ることでも良いし

  • 近くのコンビニに行って見ること
  • 作ったことのない料理を作って見ること
  • 公園で綺麗な写真を撮ってSNSに載せて見ること
  • 本屋で気になった本を買って読んで見ること

 

みたいに本当に小さなことで良いと思うのです。

とにかく何かして見ること。そしてそこに結果を焦りすぎないこと。

焦ると本当にいいことないので目の前にある出来そうなことを、できるペースで試してみる。

丁寧に一歩ずつやって見ると、少しずつ見える景色が変わって行くかもしれないですね。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ADDのシンガーソングライターです。現在は得意なことを伸ばそうと音楽活動をしながら、このサイトの運営をしています。 大人のADHDで悩む全ての方に、私の体験談や・対策・辿ってきた道のりをお伝えし、少しでも前向きに生きて言ってもらえたらと思っています。