ADHDで声優の父親とのあれこれ

思えば私よりADHD傾向だった父親

よくADHD(ADD)は母親から遺伝する場合が多いと言われますが我が家の場合はどう考えても、父親でした。

彼は昔から仕事も人間関係も上手くいかないことが多く60歳を迎える今年も、友達は0人とのことです。笑

私が高校生の時、お洒落して出かけようとしたら「どこ行くの?なんか楽しそうじゃん。」とか言って来たので

「友達と渋谷に映画見に行く。」と言ったら「お前、友達いるの?すごいじゃん!」と本気で言われました。笑

目を見れば別にバカにして言っているわけではないとすぐわかったので、余計になんて返せばいいかわからなかったです。

そんな彼の職業は、声優。

凸凹があったからこそ就けた仕事なのだと思います。

元々は役者志望で東京に出て来たのですがセリフが覚えられず、ハードな稽古に鬱っぽくなって一度実家に戻りました。

その後、実家の方で一度就職もしますがそこでも全然上手くいかずもう一度、東京に出直して来ます。

その時、既に父親は32歳くらいでした。

普通なら30超えの夢追いフリーターなど誰も相手にはしてくれないでしょうが、うちの母親は違ったのです。笑

当時、東京で一人で喫茶店を経営していた母親はお客さんとして来ていた父にナンパされまさかの3ヶ月で結婚。笑

そしてその後、私が生まれてさらに金がかかるにも関わらずなんと35歳くらいから声優として活動しだしたんですね。笑

うん。

…でも、そんなガタガタな人生でも60歳になる今年まで細々と声の仕事をもらいながら生きてこれています。

そうゆう人生もあるのです。

本当に運がいい男だとは思いますが。

友達が0なぶん、社会に馴染むことができなかったぶん「仕方ないなお前のこと理解してくれる奴、近くに置いとくから」とでも神様が言ってくれたのでしょうか。

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声優という不安定な職業

とはいえ、声優だからって人間関係が下手くそでも個性があれば許されるなんて甘い世界ではありません。

人間関係に関しては未だに問題は尽きなく、ある時、知り合いが紹介してくれた声優学校の講師の仕事で

「あの先生が言っていることはおかしい!」と生徒から告発され、首になっています。笑笑

しかもこれ、初めての話じゃありません。何度も首になっています。笑笑

どうやら“言っていることは間違ってはいない”けど“普通はそれ言わないでしょ”ってことまで言っちゃうらしいんですね。

ほんっと、彼の人生を追って行くとネタが尽きません。

そしてこんな風に、声の仕事が首になるたびに40になろうが50になろうがこっそりとバイトを探して来てはこれまで、なんとかやって来ました。

バイトをする時期はいつも掃除のバイトを選んでいます。

20歳くらいの時に一度だけラーメン屋でバイトした時に「君、接客向いてないから辞めた方がいいよ。」と店長に言われそれから接客は一度もやってないのだとか。笑

 

バイトに行きたくないと言って娘にごねる

ある雨の日、ふと目が覚めてリビングに行くと父親が神妙な面持ちで携帯の画面を見ながら、ため息をついていました。

「どうしたの?」と聞くと「いや…あと1時間で掃除のバイト行かなくちゃいけないんだけどさ。」

「…雨降ってるじゃん?どうしても行きたくないんだよ…。」と言って私に、持っていた携帯の画面を見せて「バイト休む理由これで良いかなぁ?怪しまれないかなぁ。」

…娘に聞くことではない!笑笑

とは思ったものの、私は携帯を手に取り「う〜ん。ここは良いけど、ここがちょっと仮病くさい。」とか言って真剣にアドバイスを始めました。笑

ほんと、普通じゃ信じられませんよね?

まさか親がバイト行きたくないっていう相談にのる日が来るとは。

でもね、親子なだけあって。その気持ち、すっごい分かるんですよ。人間、どうしても仕事行きたくない時ってあるじゃないですか。笑

 

ぶつかり合った6年間

とはいえ、別に私と父親の関係は、決して上手くいっていたわけではないんですね。

私が17歳の頃から23歳で家を出るまでの6年間。それはそれは、本当にひどい関係性でした。暗黒期です。

関係が悪化して来たのは私が高校2年生の時。

17歳にもなるとADHDの父親の言っていることがいかにメチャクチャかってことが分かるようになって来たんですね。

そうなってからの父親は精神がものすごく不安定になりいつも尋常じゃないほどイライラしていました。

私がリビングでテレビを見ていると後ろのキッチンでいきなり皿を何枚も割り始めたり(わざとです)

「俺は、お前が嫌いなんだよ!頼むから出てってくれ!」と言って1日中、大声で罵倒され続けました。

最初は、それに対して、こっちも言い返していましたが途中から何を言われても一言も返さなくなりました。

それは決して、父親にシカトという当てつけをしていたわけではなくもう何を言ってもダメだったのです。

私が何を言うか、じゃなくて。もう“私”という存在そのものが当時の父親にとってはストレスの原因でありもう、どうすることもできなかったのです。

そして精神的に参ってしまった私は何度も家出をして、時には3ヶ月くらい一度も家に帰らないこともありました。

どう考えても一緒に生活できるようなレベルではなかったのです。

この時は、さすがに母親もわかってくれて、私が帰らないことを許してもくれました。

そうやって物理的に距離を取ることでしかもう解決できないと思ったのです。

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一人暮らしを始めてから関係が少しずつ改善

ってなことで私は23歳の時にもうさすがに無理だと思って逃げるようにして一人暮らしを始めます。

もう後先のことなんて何も考えていませんでした。とにかくこの状況を抜け出さなければ!その一心でした。

そして、一人暮らしを始めてから1年くらい経つと自然と父親との関係も良くなって来たのです。

年に数回だけ家族3人で集まるとまるで別人のように落ち着いていました。

離れたからこそ、冷静になれた部分があったのだと思います。

 

父親へADHDの話をしてみる

そんな中、父親へADHDって知ってる?と言って、私が自分の症状に悩んで病院に行った話や父親自身もそうだと思うよ、とか遺伝についての話も投げかけて見ました。

すると「へぇ、そんなのがあるのか。多分まぁ、俺もそうだなぁ。」と納得はしていたものの

だからと言って別に病院に行く気にはなれないとのこと。

彼的には、今まで色々あったけどそれなりに自分の人生に対して納得して居るのだと思います。

…すごいなぁ。と。

それはそれで、すごいなぁって思ったのです。

かたや私は就職に2回失敗し社会にも馴染めず、こんなにウジウジとして居るのに父親は父親で、そんなこと考えてもいないのです。

そんなことを考えて居るよりは興味のある映画や舞台をたくさん見に行ったり声優の仕事以外にも自分で朗読会を開いて見たりとそっちにエネルギーを使っています。

…こうゆう人もいるのです。

 

結局はADHDでも人それぞれ

同じADHD傾向があっても父親のように

  • 人目なんか一切気にすることなく、ひたすら迷惑かけまくってもなんとか生きてこれちゃった人

 

私のように

  • やばい父親を見て育ち、少しだけ小利口に成長。人間関係は比較的上手くできるものの、逆に自分の特性からくるダメさを隠してビクビクしながら生きている人

 

と、全然違います。

そして私は、26歳になった今。波はあれど26年間、彼と親子として生きて来た今。

彼を心から尊敬しています。と、言うのも、やっぱり彼は私にはできない生き方をしてるから。

よく「お前にとって俺は反面教師かもしれないけど。」とかぽろっと言うけど私は、彼が思っているほど、彼のことをダメな父親だとは思ってない。

たまに何かのタイミングで初対面の人とあった時「お父さん何してるの〜?」とか聞かれたりして

「声優やってます。」って一言いうと「え、声優って声の?すごい。」とか言ってたまに目の前で検索してくれたりするんですね。

そうすると「え?これも?この役も?知ってる〜。」とかいって褒めてくれる…。

そのことが、私はただただ嬉しいのです。

たとえ、バイトを気分で休んじゃうような父親でも、狂ったように皿を割って罵詈雑言を浴びせて来たような父親でも

「なんか、いいや」って思えてしまうのです。

だって彼のことを全く知らないような人が「すごい。」って無条件に言ってくれるんですよ。

こんなにありがたいこと、、ないじゃないですか。

うん。

だから私も、彼のように図太く生きていかなくちゃなぁ、と思うのです。

どこにも正解なんてないんだから。

家族に、人間に、生き方に。全ては、自分がどう思うか。それだけです。

こんな父親を知って、ひどいと思う人がいても父親が私に対して「反面教師ですまん。」と思っていたとしても

私が、父親のことをどう思うかだけは自由です。

そんなの誰にもコントロールできない。

だからこそ、私もいつまでもビクビクしているのは辞めて胸張って生きて生きたいと思う。

なんだか最後の方、感情的になって口調がバラバラになっちゃったけど。とりあえず、そんなことを思ってみる今日この頃です。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ADDのシンガーソングライターです。現在は得意なことを伸ばそうと音楽活動をしながら、このサイトの運営をしています。 大人のADHDで悩む全ての方に、私の体験談や・対策・辿ってきた道のりをお伝えし、少しでも前向きに生きて言ってもらえたらと思っています。