ADHDの夫と娘を持つ、うちの母親の生き方

夫と娘がADHD(ADD)

3人家族で、自分の夫と娘がどっちもADHD(ADD)傾向…。

想像しただけでも「うわぁ…大変そう。。」と思ってしまいます。かくゆう私はその“娘”でございます。笑

今まで母にはもう数え切れないほど、大変な思いをさせてきました。

まずは父親ですね。

彼の仕事は声優ですが収録前の予習をする時間以外ずーっと寝てます。一日約、13時間くらい。仕事次第では、17時間18時間も平気で寝ます。

そして部屋は、私以上に汚くすぐに家の近くの変な骨董品店でおいおい、それいつ使うんだよ。っていうような変なランプとか、民族衣装とかをどんどん買ってきます。

時には「出会っちゃったんだよ〜。」とか言って公園で、気に入った形の石とか拾って帰ってくることすらあります。笑

そうやって父の溜め込んだ訳のわからない宝物と、私の買い込んだ古着と古本でうちの実家はいっつもゴッチャゴチャ。

唯一綺麗なのは、母親の寝室だけです。

玄関からトイレ、廊下のいたるところに私と父が、外の世界からかき集めてきた宝物たちが散乱しています。

週に一度、日曜日だけ家族そろって夕飯を食べるときは「あんたらさぁ!何度言ったらわかんだよ!いい加減に片付けろよ!!」

という母親の怒鳴り声とともに、テーブルの上に積んであるものたちを床に下ろすところから始まります。

これも、動き出すまでにはかなり時間がかかって、大抵は「へ〜いっ。」とか「わかった〜ちょっと待って〜。」とかいう私と父の生返事が5〜6回繰り返されます。

そしてイライラが頂点に達した母がそれぞれの部屋に怒鳴り込んできてやっとクライマックス。

渋々とリビングに行って二人で片付け始めるといった感じでした。

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大変だった?と母親に聞いてみる

ある時、久しぶりに実家に帰った時に「今まで、私らの面倒見るの大変だった?」と、ふと母親に聞いて見たことがあります。

すると「ったり前じゃん。大変なんてもんじゃないわ!」と、眉間にしわを寄せたあと「でもまぁ、私も自分勝手やらしてもらったからね。」と、たった一言。

そこには彼女が今までずっと大切にしてきたものが見えました。

この“好き勝手やらしてもらった”というのは母が29歳から61歳になる今年まで週6日間、毎日毎日ずっと一人でやり続けてきた小さな喫茶店のことです。

これがあったから、何があってもなんとかここまでやってこれたのだと。母は言います。

 

母親だけの世界

うちの母親は家族と同じくらい自分の人生を大切にする人でした。

そこに優劣はないのです。

“両立”なんていったら聞こえはいいですが決してそんな綺麗なものではなく、家のことはここまではやる。でもここからは知〜らないっ

っとして「あとは、あんた達で何とかして〜。」みたいな感じでした。

 

  • 洗濯はやるけど、たたむのとしまうのは自分らでやって
  • 料理は店の残りを持って帰ってくるから食べたければ食べて
  • 掃除はね、もうあんたらがすぐ汚すから、わたしゃしません。

 

といった感じで、ここまではするけどあとはご勝手にスタイルです。

もちろん、そうされたところで私と父親が進んで家事をするわけでもなかったですが、たとえ、家の中がどうなろうとも彼女は、そこに対して“何とかしなくては!”というエネルギーを使う暇もなく

自分の喫茶店のことでいつも頭がいっぱいでした。

それが、私と父親にとっては居心地が良かったのです。だって、あんまり面倒臭いこと言ってきたり干渉してきたりしないから。笑

そこには妙な“距離感”があったのです。

まぁその距離感や対応に対して小さい時は“寂しさ”を感じることもありました。

…なんかうちの家族って何かが、周りの子の家とは違うんだよなぁ…という。漠然としたモヤモヤ。

そしてそのモヤモヤは思春期になると謎のコンプレックスとしてパンパンに膨らみ当時は家族のことをとにかく恥ずかしいものと感じていました。

授業参観とか体育祭とか「頼むからこないで。」みたいな。笑

ですが、大人になった今。

私は、母親に対して、父親に対しも感謝しかないのです。本当に。

 

家族ではあれども皆バラバラ

というのも、なんだかうちは父親も母親も私のことを子供としてではなく、一人の人間として関わってくれていたんだなぁ。と。

一緒に住んではいたけれど、そこにはそれぞれの物語があって、私の知らない父親や母親もたくさんいます。

そしてそれは、私も同じ。

父親や母親に言ってないことが今でも山ほどあります。

というか、そもそも言ったところで「へぇ〜そうなんだ〜。」くらいで終わりますし。笑

うちの父親と母親の興味があるのはいかにその話が“面白いか”だけです。

私がそのことについて一生懸命頑張った話とか、結果を出した話とか、そんなの正直本当どうでもよく。

たとえ大失敗したとしてもその話が“笑えるものなのか”

または“怒りや悲しみが湧いて来るような興味深いものなのか”それだけなのです。

そしてそれが面白ければ、私が超恥ずかしい失敗談を話したとしてもゲラゲラとお腹を抱えて笑い次の日には父は声優学校で、母親は自分の喫茶店で

話のネタとして完全に使われます。

娘をダシにして。本当、恐ろしい。笑

でもまぁそれで知らない誰かがふっと笑ってくれるならま、いっか…って。むしろ価値あったじゃん私のあれ。

そんな風に思うのです。

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母親の人生は一つじゃない

よく“子供のことが大変で自分の人生が…”なんて言いますよね。

もちろん、うちの母親だって今まで計り知れない大変さがあったのだと思います。

でも、彼女は自分の大切な人生を守るために色々と捨ててもきました。それは決して楽なことではなかったはずです。

自分の学生時代の頃からの友達や、私の学校の保護者や先生、店に来るお客さんだって

彼女の生き方に対して「なんか家のことほったらかしにして自分のやりたいようにやってていいですよね〜。」なんて目を向けられることもあります。

口には出さないですよ、でも実際にそうゆうのあるんですよ。

でも、彼女はその度にすっと姿勢を正し、いいの、これが私のやり方だから。と。

自己流の泳ぎ方で、ここまでやってきてしまいました。そう、母の人生は母だけのものです。私や父親のためのものではありません。

だからこそ、そうゆう葛藤を色々と経た先で今ではすっごい楽しそうに生きています。

こんな幸せそうな人なかなか見られませんよ。笑

今の彼女の人生最大の楽しみは店に来る常連さんの面白いエピソードに腹を抱えて笑ったり、学生時代の友達を60歳になってから改めて自分の喫茶店に集めて、あーでもないこーでもないと愚痴大会を開いたり。

何だか本当、超楽しそうに過ごしています。

いつも笑ってるのです。

たまに、一人暮らしもまともにできなくて、てんやわんやの私に電話をかけてきては「ちょっと今月まじで金やばいから、お前、店に米くれねぇか!あの男(父)全然仕事ないくせにバイトもしないわ、どうにかしてくれ。」

みたいな話をしてきたり。笑

私が仕事のことで悩みに悩んで電話した時も「嫌ならやめちゃえば〜、バイトでもいいじゃん。何でもいいからやって見なよ〜。」

と軽〜く言って、あとは自分の店で起きたお客さんの面白い話を、永遠と腐る程してくれます。

本当。彼女ほど、かっこいい人、私は見たことがない。永遠の憧れであり、こんな風に生きれたらと心から思います。

 

こんな人もいる

そう、この記事で何が書きたかったのかというともしも自分の夫や娘・息子にまいっちゃっている人がいたら

こんな風にやってきた人もいるよっていう一例として、ただお伝えしたかったのです。

決して、彼女の生き方を押し付ける訳ではありません。

でも、少しくらい我儘になっても、少しくらい自分のやりたいことを通しても、なんとかなっちゃうこともある。そんな話でした。

 

 こちらもお勧め 

ADHDで声優の父親とのあれこれ

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ADDのシンガーソングライターです。現在は得意なことを伸ばそうと音楽活動をしながら、このサイトの運営をしています。 大人のADHDで悩む全ての方に、私の体験談や・対策・辿ってきた道のりをお伝えし、少しでも前向きに生きて言ってもらえたらと思っています。