私がADHD(ADD)かも?と思い始めてから病院に行くまで

大学生になって初めてADHDかも?と疑い始めた

なんか周りと違う?と焦り出したのは大学生になった頃でした。

大学ってどの学部も“レポート”を書きますよね、その書き方がわからなかったのです。

一生懸命、先生の話を聞いても、どうしても理解できず

横にいた友達に「全然やり方がわからないんだけどわかる?」って聞いてみたら「心配しすぎ〜」みたいなことを言われて

いざレポートに取り掛かってみると、冷や汗が出るほどやり方がわかりませんでした。

ふと横を見ると、さっきまで全然聞いていなかった友達は何となくできています。

…あれ?

思い返してみれば今まで何度もこんなことが、あったような気がする…。

でも小学生から高校生にかけては、私が気づかないうちに周りがフォローしてくれていました。

この時初めて“根本的な何か”が人より欠けているのかも…と感じた瞬間でした。

どうしたらいいのかわからないまま家に帰ってウジウジしていると、母親がどうしたの?と聞いてきたので、私はその日あったことを話しました。

すると…

あぁ…と言った後に衝撃的な一言。

「あんたもしかしたら発達障害とか何かしらあるかもね。」

…はい?発達障害とは?

その時初めて発達障害というものの名前を知りました。

そして母親は、私が知らなかった子供の頃から今までの話を始めました。

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子どもの頃からの忘れ物

私はとにかく忘れ物・なくし物が多い子供でした。

私がまだ小学生のときに、母親はたまたま道で出くわした学童の先生に、こんなことを言われたそうです。

「さおりちゃんが帰った後って、すぐわかるんですよ〜」

というのも、私はいつも学童から帰宅する時、いつもお土産を置いて来てしまうらしいんですね。

 

  • トイレの前に上履きがある…あ、さおりちゃんのか。
  • あれ体育館に水着の忘れ物…あ、またさおりちゃんね。
  • 「先生!図工室にさおりちゃんの国語の教科書がありました〜!」

 

ってな感じで、足跡を残して帰るのが大好きなのです。笑

そして大人になった今でも忘れ物・なくし物の癖はなおらず、気をつけていても“あれない。これない。”のオンパレードです。

 

中学生・三者面談のとき

 

中学生の三者面談で母親は先生からこんなことを言われたそうです。

 

担任「花さんが物をなくすとクラス全員で探すんですよ〜」

母「そうなんですか?、実はうちでもしょっちゅう物なくしてて。」

担任「あと、花さんは何かに集中すると周りが見えなくなることがありますね。」

母「…?…えっと…。」

 

これに母親少し驚きました。

 

母「集中…あの、それって悪いこと…なんですか?」

担任「悪いことではないんですけど。このままだと、もしかしたらこれから先、大変な時期があるかもしれません…。」

 

担任の先生はこれ以上は何も言わなかったらしいです。

今思うと、あの時すでに、先生は私のことをADHDかもしれないと気づいていたのだと思います。

そして当時この三者面談を経て、母はこんなことを思い出したと言います。

 

集中力があるとは…

 

昔々、まだ私が4歳とか5歳とかで保育園に通っていた時。

「さおりちゃんは、とっても集中力がありますね。」と、よく褒められたというのです。

その時母は「そうなんだ、このこ集中力があるんだ」と素直に嬉しく思いました。

けれども、中学校に入るとその集中力があるという長所だったものは“何かに集中すると周りが見えなくなる”へと姿を変え他のです。

そう。

周りの環境や年齢が変わると面白いほど、こうやって周りからの捉えられ方って変わってきちゃうんですよね。

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そして今、大学を卒業してから

 

結局、この後、私は大学を卒業して就職するも全然、仕事で使い物にならず精神的に参ってしまって、初めて大学の頃から疑っていたADHDかも?という思いに向き合うべく病院に行きました。

25歳の秋ですね。

ドキドキしながら2箇所の病院でADHDに関するテストを受けたところ2箇所ともで“ADHDの傾向がつよい”という結果が出ました。

白黒はっきりとしないところがモヤモヤするけれど、まぁ2箇所でそうゆう結果が出たということは、そうなのだと思います。

そして今、2018年1月現在、私は普通に働いて社会に馴染むことをやめ自分の大好きな音楽活動をしながら、何とか好きなことだけで生活をしていけないかと色々試してみているところです。

そう。

今まで散々、いろんな経験をしてきて壁に当たり続け、最終的に出した答えは“もう周りに無理して馴染もうとするのはやめよう”ということでした。

私は私なりに、頑張って頑張って行動して行動して今がある。

そして改めて自分にできること、自分の好きなことをじっくりと見つめ直した結果

 

  • 歌うこと
  • 絵を描くこと
  • 文章を書くこと

 

この3つだと確信しました。

だから、それをやろうと思うのです。

そして同じような仲間を見つけて勇気を持って発信してみること。そのことでしか道は開けないと確信したのです。

誰になんと言われても、考えて考えて行動さえし続ければ、好きなことで収入を得て生活していくことは決してたどり着けないところではないと思うのです。

どうか大人のADHD(ADD)当事者の方、もしくはその傾向があって悩んでいる方が少しでも生きやすい世の中になりますように。

必ずありますから、自分だけの道。

探し続ければ、行動し続ければ、開けて行きます。

そんなことを思いながらこのサイトを作りました。

何だか難しい情報発信というよりは“こうゆう風にしたら楽になったよ。”とか、自分の体験談を含めて書いていこうと思います。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ADDのシンガーソングライターです。現在は得意なことを伸ばそうと音楽活動をしながら、このサイトの運営をしています。 大人のADHDで悩む全ての方に、私の体験談や・対策・辿ってきた道のりをお伝えし、少しでも前向きに生きて言ってもらえたらと思っています。