ADHD(ADD)の飽き性で、もう落ち込まない。

何をやっても飽きてしまう

ADHD(ADD)の人、またはその傾向がある人はいろんなものに興味を持つことができる反面、すぐに飽きてしまうといった特性を持っています。

大体の人が、社会生活の中で当たり前のように“仕方ない”と我慢していることが…どうしても我慢できない。何てことはないでしょうか?

例えば

  • 毎日、同じ時間に起きて満員電車に乗ること。
  • 毎日、同じ空間で同じ人間と仕事をすること。

などなど。

そりゃ皆んなが皆んな毎日やりたいことやって、派手な暮らしをしているわけではないですし、もちろん同じような日々に飽き飽きすることは誰だってあるけれど

それをぐっとこらえて働くのが“大人”と呼ばれる人たちなのであって。。

…それはわかっているんだけれど…重々わかってはいるんだけれども…。

でも!それでも、どうしても…我慢できない!!

そうやっていくつもの仕事やバイトを辞めていく。

あぁ、私って本当に何をやってもすぐに飽きちゃうし、今まで何一つ、コレ!って続けてこれたものがない。

もう立派な大人だし、仕事もコロコロ変えられなくなって行くのも時間の問題。

そろそろ一つの場所で、地に足つけて結果を残して認められないとまずいし…

この飽き性…何とかしなくちゃいけないよなぁ。。

なんて考えていると頭で思っていることと実際にやっていることの矛盾に耐えきれずどんどん自己肯定感が低くなっていってしまい

どこに行って何をやっても“続けられない自分”“結果を出したことのない自分”にいつも自信がなく生活そのものが重〜いものに感じてしまう…。

…そして気づけば鬱気味に。

私自身、ずっとそうでした。

でも、そんなこと考えていても人生が楽しくなるわけでも、収入が増えるわけでもありません。

だったら、自分に合った考え方をしてそれに即した行動を繰り返して行くしか、自分が幸せになる道は切り開けないのです。

誰が何といっても自分の人生です。

これだけは断言しておきますが、ADHD(ADD)でも絶対に幸せな人生をおくれます。

お先真っ暗でも、必ず何とかなります。

少なくとも私はそう信じて今日もこうやって生きています。笑

周りに認められなくても良い歳して何やってるんだアイツってバカにされても自分だけは自分を信じて生きて行くしかないです。

だとしたら、せっかく生まれ持ったADHD(ADD)の飽き性という特性も繊細で鬱っぽくなってしまうところも一つ一つを大切にしてあげるべきではないでしょうか。

自分の一部だと思って。

大事なのは飽きたら次、飽きたら次。と、とにかく止まらないこと。

次に繋げてさえいけば、必ず自分にとって必要なものに辿り着きます。

すぐに飽きるということは、逆に言えば何かにつまづいても、すぐに新しいところに目を向けて新しい風を吹かせることができるということです。

そうゆう風に考えると何をするのも楽しくなるし今始めたことが一体どうやって未来に繋がっていくんだろうってワクワクして来ます。

飽きてもいいからとにかく次々に行動し続けていくこと。

そのために持ち合わせた多動性なのではないでしょうか。

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ハマって飽きては、いつか繋がる

「点と点は線になる」とスティーブ・ジョブズの有名な言葉でありますが

一つのことにはまって飽きて、また違うことにはまって飽きてを繰り返していくと、それぞれの分野で人よりも少し詳しくなります。

そして、それがだんだん増えていく。

そうするとある時、いっぱい集めた“ただの点”が線になる瞬間が訪れることがあるんですね。

私もそれは実感していて今は飽きてしまったけれど一時期、映画を見るのにどっぷり浸かった時期がありました。

毎日毎日レンタルビデオ店に通っては一日中、朝から晩まで映画を見ていました。

3ヶ月で200本くらいですかね。

実際、その殆どがつまらなかったけれど、たま〜にすごい面白いものが出てきて。あの“見つけた感”を得るためにひたすら借りていました。

結果、3ヶ月で満足し、他のことに興味が移りましたが。笑

でも、その時期から2年ほど経ったころ

の時みた映画がきっかけで今でも大変お世話になっている人と仲良くなれたことがあるんですね。

のちに、私の宣材写真を撮ってくれるカメラマンさんです。

あの時期、あれだけ映画を見ていなければ初対面であんなに話が盛り上がることもなかっただろうと思います。

出会ったのは、たまたま行った日雇いのバイト先でした。

このバイトもただ単にその時していた仕事に飽きて、気晴らしに入れたものです。

でも、この日に日雇いバイトに行こうという選択をしたこと

一つの“点”だと、私は思うんですよね。

行かなかったら、会うことすらできなかったわけですから。

うん。だから、そうやってどんな点でもいいから、ちょっとずつ増やして行く。コツコツと。

自分にできると思ったことがあるのならば、やって見る。

これ好きになれるかも!と思うことを見つけたのならば、始めて見る。

続くか続かないかなんて、考えなくても大丈夫です。やって見たら何か必ず得られるはずです。

それは私みたいにその時ではなく、時間が経ってから訪れることだってあります。

ADHD(ADD)は何か一つのことにどっぷりと一生はまれる人も入れば

ハマって飽きてを繰り返して結局、殆ど中途半端になってしまう私みたいな人も恐らくいます。

ただ、たとえ飽きたとしても一瞬でも魅力を感じるものが沢山あるということは、逆に言えばチャンスです。

普通の人が素通りしてしまうようなことを、敏感に察知し見つけ出す能力があるということです。

そう考えるとすごく恵まれていますよね。

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飽きても辞めるという選択さえしなければ自然と伸びる

私は1年半くらい前からアコースティックギターを始めました。

始めた頃は、指が痛くても皮がむけても、腱鞘炎になりかけても毎日毎日、暇さえあればギターを触っていました。

女でスラム奏法とか弾けるようになったらめっちゃカッコいいよなぁ…。

なんて思いながら、一日、7・8時間くらいずっと。

…ですが、始めて半年が経った頃。

簡単なコードならある程度、弾きながら歌えるくらいになった時期ですね。

あれだけ絶対に音楽で生活して行くぞ!とか、意気込んでいたのに…何かもういいかも。と、心の中でプチ満足してしまったんですね。

この時期って目に見えて成長が見えるわけでもないですし。

そうです、最も恐れていたADHD(ADD)の飽き性が作動したのです。

それからは殆どギターに触らなくなってしまいました。

この時期が来るとやっぱり毎回落ち込みます。

…あ、あれだけ決意したのに、また私続けることできなかったんだ…と。

そうなるとギターどころか、仕事に食事に人間関係に…と全てが引きずられるように、どうでもよくなっていってしまって

気づくとまた鬱っぽく、ベットの上で嘆く日々に突入します。

そう、これこそが最も意味のない時間なのです。本当に。

何度繰り返しているか、わかりませんが。苦笑

でもですね、短い人生、いちいち落ち込んでたら、さ〜っと終わってしまいます。

だからこそ、何としてでもこの落ち込む期間を減らそうと考え方と行動にルールを作ることにしました。

 

  • 飽きても気にせず落ち込まない。

 

飽きる=ダメな人間と、紐付けるのを辞めたのです。

そうすると、自然とまたギターを触る機会が増え、波はあるけれど、少しずつ少しずつ確実に知識も技術も上達していきました。

それで良いのです。それで。

時間はかかれど辞めさえしなければ、何をやっても必ず伸びます。

がっつりやる時期があってグッと伸びて。ちょっと飽きてお休みして。

またがっつりやる時期が来てグッと伸びて。また飽きて。

そうやって大波・小波を経て少しずつ上手くなっていけば、それに比例して“好き度”も増しますし何か一つのことが上手くなれば、自然と人が寄って来ます。

頼られるようになります。

そうやって寄って来た人は、必ず自分に良いものを運んでくれます。

そしてそのハマれる“何か”の数を複数持つことができるのが、私たちの特性、飽き性からくる興味関心・多動性なのではないでしょうか。

つまり辞めたり、落ち込んだりさえしなければ必ず良い方に進むのです。

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何かに飽きたらハマれる分野をいくつか持っておく

私と同じように興味のある対象がいくつもあるけれど、どれも中途半端で辞めてしまい自信を失ってしまっている

ADHD(ADD)の方、もしくはその傾向がある方にはハマれるものをいくつか用意しておくことをお勧めします。

私の場合はギターと絵と、こうやって文章を書くことです。

ギターに飽きたら絵を描いて、それにも飽きたら文章を書く。

特に文章を書くことに関しては今まで全く縁がなかったものの今年(2018)の2月にある有名な漫画家さんが募集していたコンテストに何となく応募して見たら

何と1700人の中から優秀賞に選ばれました。

自分自身の実体験を通して“大人のいじめ”に関して書いたものです。

もともとは絵を描くのが得意だったからネットで見つけた絵のコンテストに30件くらい応募して見たのですが、どれにも引っかからず

な〜んだと思って愕然とし、たまたまそのサイトに載っていた作文のコンテストにも応募して見たら、まさかの入賞です。

その時思いました。

あ…本当に何がどうなるかなんてわからないんだ。

自分では、良いと思っていたものも人から見たら全然よくなかったり自分では、何とも思ってなかったものでも人から見たら評価されることもある。

上手くいかないことばかりだったとしても、変に抱え込まずにこれはできる、これはできない。と、勝手に自分で枠を作らずに

直感で何か引っかかったものは、とにかく挑戦して見る。を繰り返していけば

誰かが気付いて拾ってくれることもある。

本当に心からそう思いました。

そして初めて自分で作り出したものが人から評価されたことによって今は文章を書くことに楽しみも感じています。

ですが、私はやっぱり飽き性の持ち主だから文章を書くことに関してもいずれ大きな飽きの波がくると思います。

その時は、潔く、ギターに没頭するつもりです。笑

そしてそれにも飽きたら絵のコンテストにまた応募して見ます。

30回落選しましたが次も落ちるとは限らないです。笑

うん。

とにかくできると思ったことの挑戦をやめないこと。

それだけが全てだと思います。

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ADHDの飽き性との向き合い方

と、いうことで以上が私の実体験をもとにしたADHD(ADD)の飽き性との向き合い方です。

 

  • 飽きるということは新しいことに目を向ける力があるということ。
  • 点と点は線になる。ハマって飽きてを繰り返して少しずつ点を増やすこと。
  • 飽きても辞めさえしなければ必ず成長していくこと。
  • 飽きた時用に、ハマれるものをいくつか用意しておくこと。

 

考え方を変えれば自然と行動も変わってくるはずです。

どうかこの記事を読んでくださった飽き性でお悩みの方が少しでも前向きに、自分のやりたいことを見つけ出せますように。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ADDのシンガーソングライターです。現在は得意なことを伸ばそうと音楽活動をしながら、このサイトの運営をしています。 大人のADHDで悩む全ての方に、私の体験談や・対策・辿ってきた道のりをお伝えし、少しでも前向きに生きて言ってもらえたらと思っています。